先日、こういうエントリがはてブ界隈で人気を集めていました。 プログラマーの力量を見極める--面接官になったら尋ねるべき質問実例集 http://japan.zdnet.com/sp/feature/07tenthings/story/0,3800082984,20409456,00.htm 確かにここまでできると、理想型だとおもいます。 ですが、実際の現場でここまでできる人を探すのはかなり困難なのではないでしょうか。 自分も、立場的にたまにエンジニアを面接することがありますが、当初はプログラムを書いてもらったり、知識を確認するみたいなテストをしていた頃もありました。 しかし、ある時期から、技術者の採用というのは、その時点での知識と言うよりは、未知に対する対応能力みたいなものが重要であって、そのあたりのノビしろみたいなものがある人が良いのではと、思い始めたわけです。 面接ですと、すべての面接者は「~できますか」というと必ず「できます!」というので信用なりませんw。たまに正直に「できません」という人もいますが(それは正直すぎるという気もする…)。 そこで、最近では、面接後、あとで必ず作文をメールで送ってもらうようにしています。テーマはなんでもいいのですが、最近だと「これまでもっとも困難だった仕事」みたいなことを自分の文体で自由作文してもらうのです。 面接の受け答えに問題がなく、なおかつ、この課題作文が一応「すんなり読める」、という水準であれば、まず採用しても間違いない感じだ、というのがこれまでの経験です。 面接の受け答えはお互い初対面ですし、スキルとして身につければある程度できるとおもうのですが、文章というのは一朝一夕に上手くなるものではありません。物心ついたときから、絶えず文章を自己表現の一部として書いてきたか、によって真価が問われる分野だと思います。 そういう意味で、文章というのは人を表すわけです(別な言葉で言うとボロが出やすい)。見た目は立派そうなんだが、文章が「幼かったり」、受け答えではサバサバしているように見えても、文章は「クドかったり」される方が実際にいます。 判断基準もはっきり決まっていないのですが、例えば、少なくとも読んでいて不快な文章でなければ、おそらく仕事上でもうまく付き合っていけるのでは、と考えています。なにかちょっとひっかかるものがあればたぶん、やめといた方がいい。 そういう経験から、プログラマの力量と文章力は一定の相関にあるのではないかと思っています。たとえば優秀なエンジニアのブログを見ていると、非常に文章が達者な方が多い。多分、それは彼らがある独自の美意識を持っているということなのだと思います。アウトプットを自己表現の一部と考えている人は、プログラミングなどに向いているということとつながっていくのではないでしょうか。 文章がうまくて、プログラムはダメっていう人はいるとおもいますが、でも、おそらく、まじめに取り組めば、時間がたてば、たぶんうまくなる可能性があります。 逆に文章が下手で、プログラムはソコソコっていう人の場合、おそらく、キャパシティのマージンみたいなのが、限界に近づきつつあるのではないか、という気もしています。 本当に、上から目線で恐縮なのですが、そんな気がするのです。...
iioka@でも最近勉強できてない です。 はやいもので今年も10月になってしまいました。 秋ですね。 食べ物がおいしい季節です。 年末に向かって仕事が立て込み始める季節です。 月初め恒例のCodeZine編集部ブログアクセスランキングです。 なんと先月は3連休が2回あってアクセスが落ち込んだにもかかわらず、 14000PVを達成してしまいました。 ありがとうございます。 ということでランキングです。 順位タイトル 1Aptana Eclipseプラグインで始めるRuby on Rails 2Ruby on Railsの文字コード指定場所 3Ruby on Rails データベースmigration入門1 4Adobe AIRでブラウザを作ってみた 5RubyでHello World! 6Ruby on Rails データベースmigration入門2 7Ruby on Railsでscaffoldを実行する 8Ruby on RailsでHello World! 9Ruby on...
編集人です。 今思い出したのですが、プログラミングとやらをやり始めたのは、小学生くらいだったと記憶していますが、結局本を読んで勉強するも、自分でプログラムを作るというところまではいかず、挫折というか、ほったらかしにしてしまっていた記憶があります。 当時の私にとって、特にわからなかったのが「配列」という概念でした。 うまい例がおもいつかないのですが、たとえば int x[5]; x = 1; でコンパイルエラーがでると、それ以上よくわからんのですね。「なんで代入できないの?」と。 たぶん12~3歳くらいだと、抽象概念が発達していないので、プログラミングにおける配列の必要性みたいなものをよく理解していなかったのでしょう。 あと、まだ幼いので自分の都合のよいようにしか考えられず、変数を5個作ればいいじゃん、とかおもっていたんじゃないか、と今から推測します(当時のことはわすれたが、配列の理解が難しかったのだけは覚えている)。 その後、大学生になり、それなりに頭の方も成長してきたところで、もう一度プログラミングをまたやりはじめたんですが、そのときに、配列が擬似的にメモリを表現したものであり、コンピュータにとっては扱いやすい概念(人間にとってはやや直感的でないが)なのだ、ということをあるとき一瞬に理解したとたんに、他のこともいろいろわかるようになりました。 私にとってはプログラミングが「わかる」ということの分水嶺は「配列」だった記憶があります。他の人にはそれがポインタだったり、クラスの継承だったりするのかもしれません。甘酸っぱい思い出です。 皆さんはいかがですか? (9/19配信 CodeZine News Vol.084 編集部だより)...